~タコ(蛸)にちなんだ言葉の話~(第8話) 掲載コラム第8話目にあたり、今回は、8本足のタコにちなんだ言葉のお話をさせていただく。
タコ(蛸)は日本人にとって身近な海洋生物である。何より食べると美味しい。
しかし、その見た目は“デビルフィシュ”と言われるだけあって、よくよく見るとグロテスクな生き物である。人類最初にコレを食した人間には頭が下がる。ひょっとするとその勇気ある先駆者は漁師?だったのかもしれない、などと勝手に想像してしまう。
漁業におけるタコ漁の歴史は古く、穴に潜[ひそ]むタコの習性を利用した「タコツボ漁」が弥生時代中期の大阪湾南岸海域において既に始まっていたとされ、周辺集落の遺跡の発掘調査からはタコツボ用の土器が多く発見されているそうだ。
海外ではイタリア、スペインなどの地中海沿岸地域、アジア諸国や中南米の国々においてタコを食べる習慣があるものの、宗教上の理由などにより、このおいしい“デビルフィシュ”を忌み嫌う国や地域が多いことはよく知られている。主にユダヤ教を始め、キリスト教やイスラム教の一部の教派によっては、エビやカニなどの甲殻類、貝類、イカやタコを食べない。
旧約聖書(レビ記第11章10節)の中で『しかし、海でも川でも、すべて水に群生するもの、またすべて水の中にいる生き物のうち、鰭[ひれ]や鱗[うろこ]のないものはすべて、あなた方には忌むべきものである[日本聖書刊行会訳]』と記されている。
一方、タコの消費量は、我が国が世界一を誇る。この“悪魔の肴”を最初に食した先人たちの勇気ある行動により、今日のたこ焼きが大衆化し、酢ダコに、刺身に、唐揚にと、様々な場面においてタコを楽しむ食文化が根付いた。
新年には“多き幸せ(多幸)”を願うおせち料理の一品としてタコは欠かせない。最近では『置くとパス(合格)』の意で、受験生の間でタコは縁起モノとして扱われているようである。
さて、本題のタコに関連する言葉の話になるが、生物学的に足なのか腕なのかは別として、日本語で蛸(タコ)は“足が多い(=多股)”の意から来ていると言われる。
英語でオクトパスと言えばタコ。その語源は古代ギリシア語のOcto(8)+Pous(足)、ラテン語でもOcto(8)+Pes(足)と、見た目そのまま“8本足”を表し、多くの言語において同じ語源を有する。
参考)ロシア語においても、タコはосьминог[オセミノーク]と言い、数字の8(восемь[ヴォーセミ])+ 足(нога[ナガー])を組み合わせた語形をもつ。一般的にロシアではタコをあまり食べない。
接頭辞octo-/octa-が付く英単語はオクトパス(octopus)の他にも、八角形(octagon)やオクターブ(octave)などあるが、いずれも数字の“8”に由来した意味をもつ。ところが、月の名称として知られるOctober[オクトーバー]だけはどうしたものか、“8の月”ではなく“10の月”を表している。
では、一体なぜOctoberが10月なのか?
これには、あの有名なユリウス・カエサル (Julius Caesar=シーザー)が関係している。
カエサルが太陽暦(ユリウス暦)を導入する以前の古代ローマにおいて、一年の始まりは3月であった。3月から数えて8番目の月がOctoberである。
ところが、カエサルの改暦により一年の始まりが1月になったことで本来“8”であったはずのOctoberが“10”の月へとスライドしてしまったのである。
その証拠に、9月Septemberはseptem(ラテン語の7)、11月Novemberはnovem(ラテン語の9)、12月Decemberはdecem(ラテン語の10) を起源としており、その名残は現在でも多くの言語にみられる。
ついでに言えば、7月のJulyはカエサルの名前に由来し、自身の誕生月である7月にその名(Julius[ユリウス])を冠したことで知られている。8月もまた、かつてはSextilis(ラテン語のsexは“6”を表す)という名称であったが、養父カエサルの後を継いでローマ帝国の初代皇帝となったアウグストゥスによって、自身の称号“August[オーガスト]”に変えられてしまった。
さらに1月を意味する“January”は2つの顔をもったローマ神話の門神ヤヌス(一年の終わりと始まりを司る神の意)から、また6月の“June”は結婚や出産を司るローマ神話の女神ユノを起源としており、日本でも6月はジューンブライドとして、この時期に婚礼行事が好まれる由縁もそこにある。
なお、そのほかの月の名称の起源についても諸説あることから、興味のある方は是非調べて欲しい。
(2020年5月:shu)